秋田のかすべ料理

先般、JR東日本のPR誌(新幹線の座席などに置いている車内誌)のコラムの仕事で、秋田のかすべ料理を取材する機会をもった。かすべとは、ガンギエイ科のエイの総称で、主に北海道と東北地方の日本海側で用いられている呼び名。秋田では古くからエイのヒレ部分の干物(干しかすべ)を食材としたかすべ料理が、日持ちのよい食べ物として親しまれてきた。なかでもよく知られているのが秋田市土崎の港祭り(土崎港曳山まつり/土崎神明社祭典)のかすべ料理だろう。

毎年7月20日、21日に行われる祭りは、かつては「かすべ祭り」とも呼ばれていた。干しかすべを一昼夜水につけて戻し、いったん水煮し柔らかくなったところで砂糖(ザラメ)、酒、醤油でじっくり煮つける。このかすべの煮つけが、祭りのもてなしに欠かせない料理だったことから、その名がついたといわれている。日本でガンギエイ(かすべ)が水揚げされているのは主に北海道。それがなぜ秋田の祭りでもてはやされるようになったのだろうか。

土崎は古くからの港町で、江戸時代から明治時代にかけては日本海を往来した北前船の寄港地として栄えた。北前船は上方への帰り船で蝦夷地(北海道)からさまざまな物資を運んだが、干しかすべもそのひとつだったのではないか。土崎のほか、能代の夏祭り(日吉神社、八幡神社の祭典)でも干しかすべの煮つけが食べられているので、かつての日本海西廻り航路の港の交易が、かすべ料理にその痕跡を残しているといえそうだ。

ただ、夏祭りの酒席になくてはならなかったかすべ料理も、最近は作る人がだんだん減っているらしい。今はかすべより見た目がよくておいしいご馳走がいくらでもあるうえ、かなりの時間をかけて煮込むので、調理に手間がかかるせいもあるのだろうか。

PR誌のコラムは、東日本各地に伝わる伝統的な食材を飲食店を介して紹介するという内容なのだが、かすべを昔ほど食べなくなったこともあって、土崎地区も含めて秋田市内で常時かすべ料理を提供しているところは珍しく、探すのに大変苦労した。

ようやく探し当てたのが、秋田市山王にある「くもりのちはれ」という酒房。この店には以前、別の場所でやっていた時に何回か飲みに行ったことがあるのだが、当時はかすべはメニューになかった。オーナーのKさんによると、移転してから秋田の伝統的な料理づくりに積極的に取り組み、そのひとつとしてかすべ料理もメニューに加えたのだという。一般家庭では以前ほど食べられなくなったかすべだが、美肌効果のあるコラーゲンを含んでいるので、女性客が好んで注文し食べているというのが、意外だった。
 
メニューを見て気が付いたのは、干しかすべによる伝統的な煮つけ(甘露煮、山椒煮)のほか、「生」のかすべを使った料理も提供していること。秋田市で生のかすべが流通するようになったのは、ここ10年ほどのことらしく、一般にはまだあまり馴染みがない食材といっていい。

北海道で獲れるガンギエイ(かすべ)には、メガネカスベ(真カスベ・本カスベ)とドブカスベ(水カスベ)と呼ばれている種類があり、真カスベのほうが値段が高く味もよいという。「くもりのちはれ」では、この生の真カスベを煮つけ、ぬた、一夜干し焼き、唐揚げなどで供している。料理の写真撮影が終わってからこれらを一品ずついただいた。

秋田でのかすべ料理の代名詞ともいえる干しかすべの煮つけ(甘露煮)は、こりこりした軟骨とぷよぷよしたゼラチン質の食感が独特。甘露煮なので酒と相性がよくないように思えるが、甘辛い味が不思議とビールに合う。夏の暑い時期に食べられるのもむべなるかな。

生のかすべ料理は初めて食べてみた。身はけっこう肉厚でふんわりと柔らかく、味は魚と貝の中間のよう。軟骨魚類特有の臭みもない。どれも酒の肴にぴったりの絶品。生のかすべ料理がこんなにおいしいものとは思ってもみなかったので、驚いた。

今回の取材のために調べてわかったのだが、かすべが水揚げされる北海道では昔から生が流通しているので、秋田のような干物は全くといっていいほど食べないらしい。生かすべを煮つけて一晩置くと、ゼラチン質の煮こごりができる。それをご飯にかけて食べる「かすべの煮こごり」や、日常の総菜として天ぷらや唐揚げにして食べるのが一般的だという。
北海道でかすべの干物を取り扱っている水産加工会社は、そのほとんどを東北地方、それも日本海側の青森県津軽地方、秋田県、山形県に出荷しているそうだ。

冷凍技術がなかったころは、魚は干物にして船で運ばれたので、北前船の寄港地だった地域に干しかすべを水で戻して煮つけにする食べ方が根付いたのだろう。特に秋田県では生もの料理に頭を悩ます夏の暑い時期の行事食(土崎や能代の夏祭りなど)や、鮮魚の乏しい内陸部の冬場の保存食として重宝されるようになったと思われる。

秋田県と同じくかすべ煮をよく食べる山形県では、かすべを「からげ」あるいは「からかい」ともいうらしい。この名前は江戸時代に山形の米貿易を牛耳っていた近江商人が、「中国(唐)の貝」(つまり「からかい」)だといって法外な値段で売りつけたことに由来するという。真偽のほどはわからないが、かすべの語源は安くてまずい「魚のカス」という意味から名付けられたという説もある。当時かすべの干物は関西地方では肥料として使われていたというから、この話もあながち嘘ではないような気もする。

いずれにしても秋田のかすべ料理は、東北の日本海側の気候風土と、食材に乏しかった時代の主婦たちの知恵の中から生まれた食べ物であるには違いない。

生かすべの煮つけ

干しかすべの煮つけ

(「秋建時報」平成19年11月)
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by tabunoki28 | 2010-04-11 15:59 | 民俗・伝承
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