秋田駅前の本屋、あぶみ書房が数年前まで発行していた「あぶみ書房通信」では、毎年1回、「私の一冊」と題したアンケートを実施していた。本屋のお客さんたちが、その年最も印象に残った本を一冊あげて簡単な感想を添えるアンケートで、ぼくも3回参加させてもらった。どんな本をあげていたのかバックナンバーを調べてみたら、金井美恵子の『映画 柔らかい肌』、武満徹の『夢の映画 映画の夢』、そして宮本常一の『旅の民俗と歴史』。3回のうち2回は映画に関する本を選んでいた。
ぼくは本をあまり読むほうではない。小説はまったく読まない。ノンフィクションも特別に関心をもった分野のものだけ。それでいて雑誌はマメに目を通す。つまり活字人間というより、視覚的な情報メディアとしての書物に価値を見い出すお手軽なヴィジュアル人間なのだ。それで映画について書かれた本が「私の一冊」になったりするわけだけれど。
でも、映画の本なら何でもいいというわけではもちろんなく、前記2冊のような書き手の映画に対するきわめて個人的なオマージュがこちらに伝わって、活字の行間から映像が立ち上ってくるようなもの。それと成瀬巳喜男組の美術監督だった中古智が語る『成瀬巳喜男の仕事』、アメリカン・シネマの撮影監督たちの仕事を解説した『マスターズ・オブ・ライト』など、映画製作の現場に携わった人にしかわからない技術的な側面に光をあてたものが好みだ。
そこで『小川紳介を語る』だが、これはもう、あぶみ書房通信がまだ発行されていたら、文句なしに「私の一冊」にあげた映画本だろう。まず本の装幀が泣ける。表紙は小川プロの最前線で使われ続けたカメラ、400フィートマガジン付きECLAIR(エクレール)16。そこに「ショットって息なんだよね、息としかいいようがない。私たちの息が生きものの息と同期(シンクロ)していく!」という小川監督の言葉がかぶさり、目次扉には小川監督がフィルムを口に挟み、コマを凝視している写真が使われている。
装幀の鈴木一誌は杉浦康平と組んで晩聲社のブックデザインを多く手掛け(ぼくの本棚を調べてみたら立松和平の『砂糖きび畑のまれびと』がそうだった)、『1000年刻みの日時計』の宣伝物のデザインなどもしてきた人。カメラやフィルムなど映画の肉体に対するモノマニアルなフェティシズムが強烈に感じられるこの装幀だけで、故・小川紳介監督の映画への想いがひしひしと伝わってくる。そして小川監督の仲間、友人、映画評論家など関係者22人が語った証言と講演,対談をまとめたこの本自体が一本の映画、小川監督の作品のように思えてくる。
(「NEW FOLKLORE EXPRESS」平成5年3月)