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真澄が教えた幻の湯

栩湯は秋田県の最南端、雄勝郡皆瀬村の小安温泉のほぼ真南の山中にある。真澄がこの温泉を訪ねたのは文化11年(1814)。当時から、すでに雄勝郡には泥湯、小安、大湯、湯の岱、川原毛、栩湯などの温泉場があった。それぞれに浴舎が設けられ、湯治客がつめかけていたことは、真澄の図絵などからもうかがい知れる。

真澄が記録した温泉のうち、この栩湯と川原毛の湯には現在、宿も浴舎もない。川原毛温泉は滝壺が天然の露天風呂となる最後の秘湯、大湯滝として多くの観光客が訪れるようになり、すっかり有名になった。しかし、栩湯の方は、どんな温泉か今では誰も知る人はいない。温泉のガイドブックにも、皆瀬村の観光案内にも見つけることはできず、すっかり忘れられた温泉となっている。ただ、5万分の1地図やいくつかの道路地図には、国道398号の新処集落から山道を示す点線が伸び、5キロほど先に温泉マークが載っている。

温泉までの道順を聞くため、栩湯へ向かう山道の登り口にある新処集落の佐藤さんというお宅を訪ねた。そこで幸運にもスエノさんという78歳(当時)になるおばあちゃんから、戦前から戦後にかけての栩湯のお話をうかがうことができた。
20歳の時、湯沢からここに嫁いできたというスエノさんの若い時分は、栩湯と切っても切れない関係にあったようだ。かつての栩湯の話を昨日のことのように話してくれた。

…日帰りには難儀な場所なので、栩湯にやってくる湯治客は十日から半月滞在する。そのため米、味噌、醤油はもちろん、食器、調理用具、燃料、布団に至るまで運ばなければならなかった。一度に十貫目(約三十八キロ)もの重さの荷物を背負って山道を一日二回も往復した。一回運んで五十銭だったからいい収入になった。
また、自宅で採れた野菜などを売りにいった。湯治客がやってくるのは五月から十月まで、冬の間は閉鎖した。最盛期には百人以上の湯治客が集まり、長屋のような三棟の宿舎が満杯になった…
 
新処から小安温泉へは南に1キロ足らず、その先には大湯温泉があり、ひとつ山を越すと泥湯温泉がある。それぞれに泉質が異なるため、湯治する人たちは自分の身体の状態に合わせてこれらの湯をめぐっていたのだという(ちなみに栩湯はアルカリ性泉、小安は食塩泉、泥湯は硫化水素泉、大湯は硫黄泉、川原毛は酸性泉)。

栩湯の最後の経営者は三梨村(現稲川町)の人で、昭和30年代の初めごろに廃業したという。新処には11軒の家があるが、昔の栩湯を知る人も少なくなった。スエノさんも、もう20年以上も栩湯には行っていないということだった。

(「秋建時報」平成14年2月)
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倒壊した栩湯の温泉宿舎の残骸(1988年撮影)
by tabunoki28 | 2010-05-22 15:42 | 菅江真澄